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片づけからはじまった事

家事、というのは私の場合大抵は「しなくてはならないもの」で料理以外の家事、特に掃除や片づけなどは考えただけで気が重くなるものでした。
色々本も買ったはみたのですが、結局はお説教されているような気分になったり(笑)、「読んで内容はとっても良く分かるけどできない」まんまでした。

そうはいっても片づけなければならない部屋があるので、ちょこちょこ時間をとっては不要なものを捨てていたのです。

しかし先月、ふと友人であり「一級建築士・片づけ塾主宰の美的空間クリエイター」である基久子ちゃんのブログ「●片づけ&掃除」のテーマをほぼ全て、一気に読み返してみたのですね。

ここで、カチッとスイッチが入りました。
あるいはパズルの最後の1ピースがピタリとはまったような感覚。
何かにとても納得がいったのですね。

この「納得がいった感」は「読んで分かる」とは全然違うものでした。

片づけ、いえ、きっとモノや空間に対する意識がぐるん!とひっくり返ったような、新しい目で自分の持ち物と家を見ているような、そんな感覚なのです。

(この「ぐるん!とひっくり返す」ことは、私は常日頃自分の意識や感情に対して行っている事で、大変な事や苦労や、怒りや悲しみの感情に対してこれを意識する事で、全てが糧になる事を、私は知っています)

それはとてもとても心躍る大きな発見でした。

そして「今こそタイミング!」と思い、購入してあった『人生がときめく片づけの魔法』を読み返してみたのです↓
人生がときめく片づけの魔法/近藤 麻理恵

¥1,470
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私にとって基久子ちゃんのブログは「意識改革」、片づけの魔法本は「実用書」でした。
基久子ちゃんのブログももちろん実用的なこと盛りだくさんなのですが、根底に流れるエネルギーが、私のスイッチを押してくれたのです。

そのエネルギーは、「愛」。
上に書いた、「何かにとても納得がいった」のは、実用的な事を書いている文章の根底に常に流れている「人への愛」「モノへの愛」「空間への愛」があったから。

静かに美しく流れているそのエネルギーに触れて、私の心も震えたのです。
共振したのですね。
エネルギーは、振動ですから。
だから、同じ「片づけ」に対する意識が、全く変わったのです。
「ねばならない」から、「楽しい、やりたい」へ。

このように、意識がシフトしてからの行動は、とてもラクなのです。
喜びがついて回りますから。


私と基久子ちゃんは、おそらくとても正反対な側面を多く持っている、と私は感じています(笑)。
でも私は自分の中にない、基久子ちゃんの静謐さ、美しさ、整理された思考回路がいつも大好きでした。

そして、「基久子ちゃんは大好きだし、書く文章も本当にステキ。でも、こんな風な片づけは私にはできないだろうなあ」と自分でも気付かないうちに思いこんでいたのです。

思いこみというのは本当に驚くべきもので、自分でも知らないうちに、その「知らない現実」を自分で作り出してしまいます。

けれど、気が付いたら大丈夫。
ましてこんな風に、愛と共に気付けたなら。

いつも愛を流していてくれた基久子ちゃんには、本当に大感謝です。


さてさて。
ついつい熱が入って長くなってしまいましたが、片づけについて先月私の得たものを、シェアしてみたいと思います。
思いつくままに書いた散文、片づけからはじまったこと、です。


********************************************



家事を愛せるようになることは自分を全部愛せるようになる事だった。
一番困難だった、家事をするエネルギーが自然とわいてくる。
湧いてこない時にはしない(笑)けれど、それに罪悪感が伴わない。
一時休めば、やりたくなることが今は分かっている。

捨てることも、洗う事も、磨くことも、たたむことも、位置を変えることも、全部自分を愛する事だった。
やっと分かった。
やっと、納得がいった。

それに気が付いたら、家事が苦ではなくなった。
疲れても「気持ちいい」と感じる方が勝っているので、つまりは疲れていないという事なのだ。
そして大体において、疲れるような家事の仕方をしなくなった。
モノを好きになれた。

楽しく
平穏に
愛しながら
家事ができるようになったのだ。

家族の物を片づけていても「後始末」をしているんじゃない。
なんというか・・・・それは「大好きな家族のモノ」なのだ。
だから、大切に、丁寧に、扱えるようになる。

家の中にいる間、モノに触れている間、アイラブユーの気持ちが常に流れるようになったのだ。

これは2011年末の、大きな私の奇跡。



気付いてからまだ1カ月ほど。
まとめた片づけの時間はとっていないので、あっちもこっちもまだまだ片づいていない。
むしろちょっとひっくり返っているところもある。
けれど私はその今の状態すら、愛しく思っている。

これってただ片づけ本を読んだだけではありえなかったことで、「片付いていないことへの罪悪感と劣等感」がないことは、実はとってもすごいこと。

家の中で目にするもの、手に触れるもの全てが愛おしい、できていない部分すら愛おしいって、ちょっとすごい感覚なのです。
たとえたった今、ゴミ袋に入れるものですら愛してる。
笑って「ありがとね。ばいばい。」とさよならできるのだ。

手放す事・リリース。
これまで感情や潜在意識ではずっとやってきたけれども、目に見える「モノ」にまで影響が及んできた事に、密かにドキドキしているのです。
更なる「現実化への道」が目の前にすーっと通っているような感覚。

未来を自分の思考と行動で創造していけるということが、より明確に、身近になった。


神さまはいつも思いがけない道を用意するんだよね・・・。
こんな道を通してくれるなんて、思ってもいなかった事。
けれどここから始まる事があるのが分かるし、この道を通らなければ到達できなかった何か、を得ているのも分かる。

だから「神さま、ありがとうございます。」と天に感謝を捧げながら、地球に生きている事を愛しながら、これからも私は生きていく。

それにしても、やっぱりいつも「自分」なのだ。
自分の中に、答えが、宝物がぎゅっと詰まっている。

思考錯誤しながら、誰かの手を借りながら、誰かと共に、それを見つけていくのは本当に素敵な事だと、私は思うのです。






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