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全肯定

みなさんは、自分のことを全肯定できますか?

自分の行動、言葉、生活習慣、顔、体つき・・・・これでよし、これが私、なかなかいいじゃない!と自分を全て褒めてあげることができるでしょうか?


私事ですが、私はこれに関してとっても意識が薄いのです。
できない、というよりも意識が薄いと言った方がやはりしっくりきます。
どうもピンとこなかったのです。

セラピスト、という仕事をしているのは、私は目の前の誰かの存在を全肯定するのがとても得意だからです。
ワークに参加して下さる方ががどれだけ自分のネガテイブ(と思っている)な面を吐露しても、私はその人の持っている美しい部分、楽しい部分、尊い部分を見失うことなく、揺るぎなくそこを見てその存在を信じていられます。
私にとってはそれこそが真実だからです。

この私の資質はもともと持っていたものが、おそらく子育てによって育まれたもので、ですから私の二人の娘は私の出来る限りの心と真実を持って、その存在を全肯定して育ってきました。
どうしても先に生まれた長女の方は私自身が不器用な育て方をしてしまった面もあり、本当に申し訳なく思うことが多いのですが、でもだからこそ、自分のこれまでのやり方に限界を見つけた時には速やかにその限界を取っ払って、新しい目で長女を見ようと心がけてきました。
そうやって、いつも自分の限界を突破してきたのです。

そして今、子供たちはかなりのびのびと育っているな、と先日思ったのです。
ああ、人って小さな頃から自分の存在を全部認めてもらって育つと、こんな風になるのか、と。

これは私にとっては衝撃でした。
自分を全肯定してもらって育つと、人はここまで自分を否定することなく世界と向き合えるのか、とびっくりしたのです。
そしてそれがどれ程自由な事であるのかを。
どれほどの強みであるかを。

そこで気がついたのですね。
自分はなんと、自分を否定しながら生きているのかと。

これはおかしい、ワークに参加して下さる方、子供たち、そして夫や親にはその存在を全肯定できるのに、どうして自分だけにはできないのか。

つまらない、小さな事なのです。
これは失敗だったかな、あの時子供にちゃんと向き合えていたかな、適当にしちゃったかな、太ってきちゃったな、食べすぎちゃったな・・・こんなことなのですが、私は生活のかなりの部分でちょっとずつ、こういうことをずっとしてきていました。
もちろん、基本的に毎日楽しいのですが、なにかちょっと、こういう気持ちを引っ張り出してきてしまうところがあったのですね。
いつも何かあった時に最初に頭をよぎるのは「自分のせいでこうなったのではないか。怠けていたのではないか」という思考なのです。

自分でも全く不思議ですが、今回私はこんな風に思ったのです。
「自分を見つめ、癒し、出来ることは全てしてきた。だからきっと、今残っているこの自信のなさや、自分を否定する気持ちは、ただの習慣ではないか。つまり、私が子供たちを10年育ててきて今子供たちが自由になっているのであれば、私も今から10年自分を全肯定していけば、きっと子供たちのようにもっと自由に楽しくなるに違いない。習慣の書き換えをすればいいだけだ。」


なので、10月の始めあたりから、個人的に「自分を全肯定するワーク」を密かに続けていました。
どうなるのかな、と思ったのです。
これは楽しい実験で、なぜなら「自分を全肯定する」から。

ちょっとお腹がぷよっとしていても「オットも子供たちもこのやわらかさが大好きだし。なかなかいいじゃない」。(頑張れば痩せるのに、とは思わない)
食べすぎたら「あー、美味しくて幸せだった~」。(食べすぎちゃった、どうしよう。明日の食事減らそう、とは思わない)
だらだらして1日すごしたら「あー、ゆっくりできて幸せ」。(片づけしてない、とは思わない)
仕事が終わったら「真面目に仕事してえらい!」
そして「こんな風に自分を褒められるなんてワタシえらい!」「(鏡を見て)今日もカワイイ!」と延々1日中自分を細かくほめるのです。

ここで大きな糧となったのは、ありがたいことに夫や子供たちがまず私を全肯定してくれていたこと。
これは、大きかったです。むしろこれがなかったら、私は自分を全肯定できなかったと思います。
私がどれだけネガテイブモードになっても全面的に受け入れてくれ、変わらず信頼してくれていた歴史があったのです。
そして毎日ちゃんと「かわいい」とか「その洋服似合ってるね」「スタイルいいね」「ありがとう」と私が受け入れられようがそうでなかろうが褒め言葉をかけ続けてきてくれた夫には、心から感謝です。

このワークを始めるにあたって「私、これからはもっとちゃーちゃん(夫)の愛を受け取っていこうと思う!言葉を全部受け取ろうと思うんだ!」と宣言したのですが、夫は「これまで受け取ってなかったのかよ・・・」とちょっとげんなりしていました(笑)。
受け取ってなかった訳ではないので、同じ言葉を受け取るにしても私の中のキャパを広げるよ、というつもりだったのですが。

自分を肯定できている人からは「なにそれ・・・」と思われるでしょうが、いいのです(笑)。
私は今から自分を肯定して育てていこうとしているのですから。

子供にしてきたことを、自分にも、というのはなかなか幸せな体験です。
いのちよりも大切な子供を真剣に育ててきた、その真面目さを自分に向けるということですから。
これは自分を愛する以外のなにものでもありません。

5年ほど前まで本当に辛かった子育ては、今こんな風にセラピストとしての資質を伸ばしてくれ、私自身を育んでくれるようになりました。
何事も、無駄なことはないんだな、と思います。
そして自分の中の一番辛い体験が、自分の中の一番強い光である事も、今はよく分かります。

今全肯定できていないことが問題なのではないのです。
それを解決するつもりがあるか、そして自分自身をあきらめずに愛するつもりがあるか、ということだと思うのです。
そのつもりになれば、いつからでも人生はよりハッピーに展開していきます。
そしてハッピーはハッピーを呼び、必要な人と出会うことができ、大切な人に囲まれ必要とされ、自分を発見し続けて生きていくことができます。

男性も女性も、子供も大人も年寄りも、自分の素直な感覚に従ってハッピーな人生を歩むことができます。
自分を肯定する気持ちが大きいほど、求めるハッピーはより自分を幸せにしてくれるものになります。
色々なことがある人生だからこそ、自分の全肯定、ハッピーを求める気持ちはとても大切だと、そう思います。
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