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愛の本質

愛とは、全てを許し、受け入れること。

そうすると、手放すことができる。
全てを許し、受け入れてはじめて、手放せるのだ。

すると、悲しみや怒りや憎しみやそういった感情がなくなっていく。
これはほんとうに不思議なことで、経験した人しか分からないだろう。
でも本当に、あれほど無くならないと思っていた悲しみが、怒りが、憎しみが消えていくのだ。
まるで天に召されたかのように。
全てを許し、受け入れた時にはじめて握りしめていたものを手放せたから、そこにからまっていた様々な思いや記憶が昇華していくのだろう。
だから、 I love you memories なのだろう。

この段階を超えていくと、祈りはさらに進む。

さらに許し、受け入れることができるようになる。


自分の中の「我」を、愛の限界を超えていく作業。


思いを抱えているうちは、記憶があるうちは、ほんとうには愛していることにはならない。

全てを手放してはじめて、愛することが、できるのだ。

そして、ネガティブなことだけ手放して、いい思いをしたものだけはとっておきたい、そういうことはできない。

全て全て、手放していくのだ。

偏った手放し方をしている人は、すぐ分かる。

自分だけきれいになりたいと思っていることは、すぐ分かってしまう。



過去、イエスやブッダやガンジー、マザーテレサ、数々の愛の人々が行ってきたこと。

イエスは、「私にできることはもちろん、それ以上のことをあなたがたはするでしょう」と言った。

それは、ほんとうのことだ。

私たちは、そこに向かっている。

愛の本質に、祈りの本質に。


祈りとは、ただ祈ることではない。

祈りとは、行いである。

ほんとうの祈りとは、行いに直結しているのだ。

なぜならば、届くから。

ほんとうの祈りとは、届くものなのだ。

特定の人物や事象に対して祈るのではなく、神格に向かって祈りが行われた時に、それは届く。

人物や事象に対して祈るのは、それはただの願い。

神格に向かって祈ること。
でもこれはとても難しい。
「我」を捨て、あるいは超えてはじめてできることだから。
できてそうで、できていないものなのだ。
だからこそ、ほんとうの祈りとは行いなのだ。

今、この祈りの本質を、愛の本質を理解し体験している人は少数かもしれない。

けれど、多くの人の地道な努力によって、理解し体験する人が増えてくるだろう。



愛の本質を。
祈りの本質を。

私は、行っていく。



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